教会のそば...
スバジオ山の西側にある小さな街アッシジは、谷の素晴らしい景色を見おろし、人口は3000人という規模ですが、年間400万から500万人の訪問者がアッシジを訪れています! もちろん、このすばらしいパノラマがあるために街が有名というわけではなく、アッシジは数世紀にわたり、最も有名な巡礼の街であるからです。古代から街は存在し、アッシジは常に神々と結びついてきました。歴史家によるとアッシジは紀元前1000年ごろにまずはウンブリア人が定住し、そのあとエトルリア人が住み、そして紀元前295年よりローマの支配下に置かれました。ローマ時代のミネルヴァ神殿は、紀元前1世紀に建てられ、このあたりが神聖な場所であったことがわかっています。すばらしい今日のサンタ・マリア・ソピラ・ミネルヴァ教会は、2000年前のローマ時代の神殿の上に立っております。
サン・ルフィーノ聖堂
多神教からキリスト教への変遷は、西暦238年にルフィーノ司教が住民を改宗させたときより始まります。当時はまだカトリック教会は地下にあり、迫害の時代でした。ルフィーノ自身はコンスタンチウス帝時代に殉教し、その後聖ルフィーノとして聖人となりました。この殉教者が残した精神は、当時からカトリック信者たちの間で現在まで引き継がれています。彼の痕跡があるのが、ここアッシジのサン・ルフィーノ聖堂です。聖フランチェスコや聖キアーラが洗礼を受けた場所です。ロマネスク様式のファサードに、ゴシック様式の建築が加わった美しい聖堂の内装は、プッチョ・カパンナのフレスコ画で彩られています。この聖堂の歴史と文化はユネスコ世界遺産として、語り継がれています。
サンタ・キアーラ教会
Hotel Roma Assisiホテル・ローマ・アッシジはもう一つのユネスコ世界遺産であるサンタ・キアーラ教会のある広場に立っています。現在のローマ法王フランシスは、アッシジで最も有名な聖人フランチェスコの名前からとっています。サンタ・キアーラ教会は、聖フランチェスコゆかりの教会でもあります。聖フランチェスコは裕福な商人の息子で、戦争の捕虜となったときから熱心な信者となりました。サン・ダミアーノ教会で祈りを捧げているときに、十字架のキリストが口を開き、教会を建て直せ、とフランチェスコに話しかけたと言われています。その時の十字架が、現在のサンタ・キアーラ教会に保存されています。 聖フランチェスコは托鉢修道会の会則を作りました。有名な清貧と純潔は、フランシスコ会の原則となりました。同じ時期にフランチェスコはから影響を受けたのが聖キアーラです。キアーラは女子修道会を開き、清貧のキアーラとして知れ渡るようになりました。聖キアーラは1253年8月11日に亡くなり、彼女の遺体は1260年に聖キアーラ教会に移されました。新ゴシック様式の地下礼拝堂に、彼女の墓があります。また内部礼拝所にはサン・ダミアーノ教会の十字架がかけられています。
サンタ・キアーラ修道院